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東京高等裁判所 平成5年(う)1452号 判決 1995年11月20日

裁判所書記官

名田明弘

本店所在地

栃木県足利市葉鹿町六三六番地一

有限会社サンパレス

右代表者

中村勝

本籍

栃木県足利市葉鹿町四三六番地一二

住居

栃木県足利市葉鹿町六三六番地一

会社役員

中村勝

昭和二〇年二月一四日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成五年一一月一七日宇都宮地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官横田尤孝出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決中、被告人中村勝に関する部分を破棄する。

被告人中村勝を懲役一年六月に処する。

被告人中村勝に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人有限会社サンパレスの本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人両名の弁護人中川隆博、同西山彬連名の控訴趣意書及び同松井茂樹、同一瀬敬一郎、同小林博孝連名の控訴趣意補充書に記載のとおりであるから、これらを引用する。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討する。

第一職権発動を促す主張について

弁護人は、控訴趣意補充書(提出期限後に提出されたもの)において、職権の発動を促す趣旨で事実誤認の主張をしているので、まずその点について検討を加える。

所論は、被告人有限会社サンパレス(以下「被告会社」という)の栃木県足利市通二丁目所在の土地合計約三四〇坪(以下「本件土地」という)についての固定資産売却益の金額を争い、ひいては原判決が認定した実際所得金額を争うものである。

所論は、まず、被告会社が本件土地の買収を計画した際に関与した飯塚弘に対して、支払手数料として二〇〇〇万円を支払っているのに、これを購入のために要した費用として認定しなかった点で事実の誤認があるという。

しかしながら、関係証拠によると、飯塚の関与による買収計画は昭和六三年九月ころのことであったが、この計画は頓挫してしまい、その後別の不動産会社の関与により同年一二月以降に順次買収を行ったものであり、飯塚の介在と本件土地の買収契約の成立との間に因果関係はないことが認められる。そして、被告人中村勝(以下「被告人」という)は、当審公判廷において、飯塚が本件土地の買収に関与したから仲介手数料を支払って欲しいと要求してきたので、被告人個人の飯塚に対する平成元年七月四日付の二〇〇〇万円の貸金債権と相殺して二〇〇〇万円の手数料を支払ったとの趣旨の、所論に沿う供述をするのであるが、右のような処理をしたという時期が極めて曖昧であり、また、何故被告人個人の貸金と被告会社が支払うべき手数料とを相殺したのかについても合理的な説明がなく、相殺したと言いつつ依然として被告人の手元に飯塚の借用証の原本が存在することも不可解である。さらに、被告人は、大蔵事務官に対する平成四年一一月二五日付質問てん末書の問二五において、飯塚が金員を要求してきた理由について右とは異なる供述をしている。このような点からすると、仮に飯塚に対する二〇〇〇万円支払いの処理があったとしても、その二〇〇〇万円について、本件土地の購入のために要した費用と認めることは到底できないものというべきである。

また、所論は、本件土地の売却について、被告会社と日東商事株式会社(以下「日東商事」という)が共同で行った事実を認定せず、右売却を被告会社の全くの単独行動と誤って認定したため、被告会社が、日東商事に対し合計一億八三九五万一二〇〇円を渡した事実について、六四八四万一二〇〇円と誤って認定した」というのである。

しかしながら、所論が縷々述べるところにかんがみ検討しても、本件売買は被告会社と中津工務店の間で行われたものであり、かつ、買主を探すなど仲介人的な立場で実質的な関与をしたのは被告人の実弟中村隆個人であって、日東商事の関与はなく、日東商事は、中村隆の発案により、被告会社の売却益を圧縮するためのダミーとして名目的に介在させられただけであり、被告人が中津工務店から売買代金を受領する都合上日東商事名義の預金口座を開設するのに必要な印鑑等を被告人に貸与したに過ぎないという事実は動かない。したがって、六四八四万一二〇〇円の限度で中村隆個人への仲介手数料を認容し、被告会社から日東商事に支払われたとするその余の金額については、仮に支払があったとしても、それはいわゆる脱税協力金に過ぎないとして経費性を否定した検察官の主張を前提とする原判決の認定は正当である。

なお、所論は、被告人には逋脱の故意がなかったと主張する。

しかしながら、所論のように被告人が本件土地の売却について被告会社と日東商事との共同事業であると信じていたというのであれば、確定申告に当たり、何故被告会社から日東商事への売買であるとの前提でしか申告せず、中津工務店への売却を隠蔽したのか極めて不可解であって、この点だけでも逋脱の故意を容易に推認することができる。しかも、被告人は、中津工務店から売買代金を受け取るために日東商事から印鑑等を借り受けて自ら日東商事名義の口座を開設し、そこに入金された中津工務店からの代金のほとんどを自己及び妻の中村アイ子名義の定期預金にして秘匿した上、被告会社や関連会社あるいは個人のために費消しているのであって、このような客観的な事実からも逋脱の故意は明らかというべきである。この点に関し所論が縷々主張するところには到底与することができない。

以上のとおり、職権発動を促す所論はいずれも理由がない。

第二量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告会社を罰金六〇〇〇万円に、被告人を懲役一年六月に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるというのである。

本件は、不動産の売買、賃貸借、管理等を目的とする被告会社の代表者としてその業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、固定資産売却益の一部を圧縮して除外するなどの方法により所得を秘匿した上、平成二年一一月期の被告会社の実際所得金額が三億〇八六四万七二六四円で、課税土地譲渡利益金額が三億七五八七万四〇〇〇円であったのに、所得金額二二四〇万八七八九円、課税土地譲渡利益金額が四八四万六〇〇〇円で、これに対する法人税額九五三万七〇〇〇円である旨の虚偽過少の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出してそのまま法定納期限を徒過させ、正規の法人税額二億三五三四万一〇〇〇円と右申告税額との差額二億二五八〇万四〇〇〇円を免れた、という事案であるところ、逋脱額は単年度のものとしては高額であり、逋脱率も約九六パーセントと高率である上、その動機は、高額の税金を納付するよりは借金の返済や、株の購入資金に回そうと考えたというのであり、私益を公益に優先させた、納税意識を著しく欠くものであって酌量の余地はない。また、不動産取引の当初から、脱税を意図してダミー会社を介在させ、このような操作に協力した者に脱税協力金を支払うなど、犯意は強固であり、犯行態様も良くない。以上の諸点からすれば、被告会社及び被告人の刑事責任は決して軽いものではなく、被告人が本件を反省し、納税の努力をするとともに贖罪の気持から赤十字や社会福祉団体に合計二〇〇万円の寄付をしたことなどの酌むべき点を考慮しても、被告会社を罰金六〇〇〇万円に処した点はもとより正当であり、被告人を懲役一年六月の実刑に処した点も宣告時を基準とする限りやむを得ないところである。

しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、被告人は原判決を厳粛に受け止め、反省の念を深めるとともに、一層納税の努力を続け、原審段階で納付済みの三〇〇万円を含めて合計三八五〇万円を納付したこと、原判決後の平成六年一月一七日付で、被告人が代表取締役を努める株式会社ナカムラ所有の不動産三筆に、被告会社の本件逋脱年度の法人税、源泉所得税(延滞税を含む)について、被告会社を債務者とし、大蔵省を抵当権者とする債権額三億六四七三万一〇四九円の抵当権が設定されているところ、先順位の根抵当権設定登記の抹消登記手続が進んでおり、また、これらの土地を足利市に売却処分する計画が進んでおり、その売却代金により未納分のうちの相当額の納付が見込まれること(ちなみに、右土地は、平成七年一〇月の時点で、一億五〇〇〇万円を下らないと評価されている)、被告人は、糖尿病の影響による腎障害、網膜症及びネフローゼ症候群、さらには高血圧症、慢性C型肝炎などに罹っており、安静と各種の治療を要する状況にあることが認められ、これらの新たな事実に、先の指摘した諸般の事情を総合考慮して原判決の量刑を再考してみると、被告会社に対する罰金六〇〇〇万円の量刑はなお維持すべきものであるが、被告人に対しては今回に限り刑の執行を猶予して社会内での更生の機会を与えるとともに、納税のための努力を続けさせるのが相当であると認められる。

そこで、刑訴法三九七条二項により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条ただし書きに従い、被告事件につきさらに次のとおり判決する。

原判決が認定した罪となるべき事実(ただし、原判決二丁表末行の「……法人税確定申告書を提出し、」の次に「そのまま法定納付期限を徒過させ、」を加える)に、刑種の選択を含めて原判決と同様の法令を適用し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月処し、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとする。

被告会社については、刑訴三九六条により本件控訴を棄却する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 森眞樹 裁判官 中野久利)

平成五年(う)第一四五二号

控訴趣意書

被告人 有限会社サンパレス

右同 中村勝

右の者らに対する法人税法違反被告事件について、控訴の趣意は左記のとおりです。

平成六年二月二八日

弁護人 中川隆博

右同 西山彬

東京高等裁判所第一刑事部 殿

原裁判所は、「被告人有限会社サンパレスを罰金六、〇〇〇万円に、被告人中村勝を懲役一年六月に処する。」旨の判決を言い渡しました。

しかしながら、右判決の量刑は、原判決時及び原判決後の事情等に鑑み、いずれも著しく重きに失し不当であって、到底、破棄を免れないものです。

第一 まず、原審における関係証拠及び当弁護人の弁論等を全て採用いたしますが、逋脱の態様、被告人中村勝の反省の態度及び同被告人が一家の支柱であるなど家庭の状況を考え合わせれば、有限会社サンパレスに対する高額な罰金刑及び被告人中村勝に対する実刑判決は、いずれも苛酷なものであると思料したします。

第二 原判決後の事情など

一 原判決では被告人らに対する量刑理由を明らかにしておりませんが、被告人有限会社サンパレスが高額な罰金刑となり、しかも、被告人中村勝が実刑となったのは、逋脱税額の二億二、五八〇万四、〇〇〇円等の大部分を納付していないことが、最大の理由ではなかったかと思料されます。

この点について、原審段階では、取り敢えず月々一〇〇万円を納付しながら、被告人中村の経営する別会社の不動産を処分することにより、平成六年九月ころまでに全額納付することで国税当局の了解を得ておりました。

二 しかし、被告人中村としても原審の実刑判決の結果を厳粛に受け止め、前記期限に拘らず、早急に納付すべく国税当局と折衝した結果、左記のとおりの合意をみました。

1 平成六年一月一七日付で、被告人中村勝が代表取締役を勤める株式会社ナカムラの取締役会の決議(平成五年一一月三〇日開催)を経て、同社所有の

〈1〉足利市小俣町字叶花二九一九番一所在の三三八四平方メートル

〈2〉 同所 二九一九番四所在の一一二三平方メートル

〈3〉 同所 二九一九番七所在の二〇三四平方メートル

の不動産(地目は山林ですが、現況は既存宅地です。)を関東信越国税局に有限会社サンパレスの未納の税金等三億六、四七三万一〇四九円の担保として提供し、大蔵省(取扱庁・関東信越国税局)を抵当権者とする抵当権を設定いたしました。

なお、抵当権設定登記の原因は、「平成六年一月一三日換価の猶予に係る平成二年度法人税・源泉所得税(延滞税を含む)についての平成六年一月一三日設定」となっております。

2 右不動産の付近には、足利市の廃棄物処理施設の建設が決定されていることから、当該不動産は、地元住民の福利厚生施設の敷地として、足利市に平成六年六月ころ、約三億六、〇〇〇万円で購入して預ける予定になっております。

3 したがって、被告人らとしては、右売却代金を税金の未納分に充当することが可能です。

なお、これらの不動産には、足利銀行と高田昌吉氏の先順位の抵当権者が存在いたしますが、被告人中村勝において、責任をもってこれらを抹消して国税当局にお支払いいたします。

この点、被告人らとしては、可能な限りの納税の努力をいたしておりますし、それを実効あらしめるために国税当局に納税額に見合う担保を差し出しておりますので、控訴審裁判所におかれては、是非、被告人らにおいて、現実の納付をしたものと同様に評価して頂きたいと存じます。

第二 他の同種事件との比較

一 全国的な組織力を持つ検察官に対し、個々の弁護人の立場から同種他事件の量刑と比較することは困難ですが、法人税法違反の場合概ね、逋脱税額三億円を基準に実刑か執行猶予付の判決かの判断をしていることは、裁判所におかれても顕著な事実であるものと思料いたします。

二 もとより、執行猶予事案の場合は、本税等を納付していることが前提となることは承知しておりますが、前記諸事情を御勘案の上、特に、被告人中村勝には、執行猶予を付した寛大な判決を賜りたいと考えますし、実刑判決の場合でも可能な限り減刑した寛大な判決をして頂きたいと存じます。

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